私のお気に入りの場所の一つ、山形県東根市の関山大滝は、昨年豪雨に見舞われ、地形がすっかり変わってしまった。 秋に訪れたときにそれを目の当たりにすることになるのだが、河岸近くの岩がほぼなくなっており、川幅は以前の5分の1ほどになり、河原は石で覆い尽くされていた。 私はてっきり観光か何かのビジネスを目的に、河原をブルドーザーで平らにしてしまったのかと思い、大滝の店の人に尋ねたほどだった。 その豹変の様は凄まじく、痛々しく、荒れていて極めて居心地が悪かったので、私はすぐにその場を去った。 撮った写真を友人に見せると彼女も驚いたそうで、「(その場所は一掃されて)まるで生まれたての赤ん坊が、バブバブ言っているような感じ」と表現した。 その後、秋に2度目に訪れた時は、少し心に余裕ができていたので、そこでひと時を過ごすことにした。 河原には無数の色とりどりの石があり、私は魅了された。 石は地球のレコードキーパー。これらの石にはどんなストーリーがあるのだろう? その後、以前私が歌を捧げた小川の方も気になったので、そちらの方へ足を踏み入れた。 こちらの地形の方が変化が大きい。おそらく山の斜面を大量の土砂が流れ、木々がなぎ倒され、小川は泥や石で埋め尽くされたのだろうが、また細々とした流れが戻ってきていた。 以前、ここで木々を見上げて歌を捧げたことを思い出すと、ふと目が足元に落ちた。 「あっ!!」 目が釘付けになった。 石が私に微笑みかけている! その瞬間、石は私の心に触れた。
私はなんとも言えない温かいものに包まれ、大きな安心感と心地よさに満たされた。 それを今まで感じたこともないほど強烈に感じ、石からそのような感覚を受け取るのは初めてだったので、衝撃的だった。 森の精霊・・・私の目に石は長老のように見え、イタズラっぽく笑っているように見えた。 それにしてもなんとまあ、うまくラインが入っていること。私にはどうしても顔にしか見えない。 その目からこう伝わってきた。 「全て順調、何も問題はない」 私は、そこに全てを受け入れてあるがままに存在している森の意識を感じた。 この荒れた場所を見たら、誰だって癒しが必要と思うだろう。そんな場所で笑っている精霊に、逆に私が癒されているなんて! せせこましい思考ではなく、意識を拡大し、森と溶け合うことで理解できる領域。 精霊はさらに教えてくれる。 意識が拡がると自ずと周りと溶け合っていき、そこで得る理解がある。それは愛の種のようなものであり、その種が芽吹く場所はより広く、より調和した世界なのだと。
0 コメント
|